法律コラム

労災給付と打切補償(最高裁判所 平成27年6月8日 第二小法廷判決)

2015年6月10日水曜日
                       琉球法律事務所 弁護士 竹 下 勇 夫


 労働者が当該会社の業務を遂行しているときに事故にあって負傷し,勤務をすることができなくなった時にどうなるのでしょうか。


当然,負傷のために勤務ができなくなったのですから,当該労働者は会社を休むことになります。そうすると会社を休んでしまいますからその間の給料は出ないのでしょうか。また療養費等はだれが支払うのでしょうか。このような場合のために,労働基準法は,第76条で使用者は労働者の療養中平均賃金の60%の休業補償を行わなければならないとし,同法第75条で使用者はその費用で必要な療養を行い又は必要な療養の費用を負担しなければならないと定めています。

 それでは,業務上の災害によって負傷(疾病も含みますが)し,労働者が勤務できなくなった場合に,使用者はいつまでたっても労働者との労働契約を解消(解雇)することができないのでしょうか。また,使用者は負傷等が治癒するまで上記休業補償及び治療費を払い続けなければならないのでしょうか。
労基法第19条は,労働者が業務上負傷等した場合に,治療のための休業期間及びその後の30日間は解雇してはならないとしていますが,その例外として,使用者が同法第81条の打切補償をした場合,すなわち,第75条の規定によって補償を受ける労働者が,療養開始後3年を経過しても負傷等が治癒しない場合において,使用者が平均賃金の1200日分の打切補償を行った場合には,使用者はその後の補償を行わなくてもよいこととされるとともに,上記の解雇制限の定めが及ばないものとしています。

以上をまとめると,労働者が業務上負傷し又は疾病にかかり療養のために休業する場合には,使用者は治療に要する費用を負担し,平均賃金の60%の休業補償を行なわなければならず,治療期間中は労働者を解雇することはできないが,治療開始後3年を経過しても負傷等が治らない場合において,使用者が治療費の負担をしている場合には,使用者は平均賃の1200日分の打切補償を行ってその後の補償の義務を免れるとともに,労働者を解雇することが可能になる(もちろん,労働契約法第16条の解雇制限には服しますが。)ということになります。
 以上のように,業務上労働者が負傷した場合に,使用者は治療費の負担や休業補償等の義務を課せられますが,負傷等の内容いかんによっては,これらの義務は使用者にとって相当な負担となることが考えられます。
 そこでこのような使用者の負担を補完するものとして,労働者災害補償保険の制度があります。
 労働者災害補償保険法は,第12条の8において療養補償給付,休業補償給付,障害補償給付,傷病補償年金等の保険給付の制度を定め,第19条において,業務上負傷し,又は疾病にかかった労働者が,当該負傷等に係る療養の開始後3年を経過した日において傷病補償年金を受けている場合又は同日後において傷病補償年金を受けることとなった場合には,労働基準法第19条第1項の適用については,当該使用者は,それぞれ,当該3年を経過した日又は傷病補償年金を受けることとなった日において,同法81条の規定により打切補償を支払ったものとみなす,とされ,また労基法第84条は,この法律に規定する災害補償の事由について,労働者災害補償保険法等の給付が行われるべきものである場合においては,使用者は,補償の責を免れるとしています。このようにして,業務上発生した負傷等による場合であっても,使用者が労災保険に加入している場合には,上記の使用者の労働者に対する治療費の負担や休業補償に関しては労災保険によってその負担が肩代わりされることになり,さらに3年経過後に労働者が傷病補償年金を受給している場合等には打切補償をしたものとみなされます。

 そこで問題となるのが,業務上の災害によって負傷等した労働者に対して,労災保険が給付されている場合で,治療のための休業期間が3年を経過した場合において,使用者は打切補償として平均賃金の1200日分を支払って労働者を解雇することができるのか,ということです。

 労基法第81条は,打切補償を行うための要件として「第75条の規定によって補償を受ける労働者」としていて,労災保険給付を受けている労働者を含めていませんから,形式的文言解釈としては,打切補償をして解雇するには労災保険給付ではだめで,現実に使用者が治療費の負担をしていなければならない,ということになりそうです。実際に本件最高裁判決の原審である東京高裁はそのような判断をしました。

 しかしながらこのような判断は労災保険制度の趣旨に反するものとして批判されていたところです。

 

 本件最高裁判決は,「労災保険法12条の81項第1号の療養補償給付を受ける労働者が,療養開始後3年を経過しても疾病等が治らない場合には,労働基準法75条による療養補償を受ける労働者が上記の状況にある場合と同様に,使用者は,当該労働者につき,同法81条の規定による打切補償の支払いをすることにより,解雇制限の除外事由を定める同法191項ただし書の適用を受けることができるものと解するのが相当である」とし,その理由として,労災保険法において使用者の義務とされている災害補償は,これに代わるものとしての労災保険法に基づく保険給付が行われている場合には,それによって実質的に行われているものといえるので,使用者自らの負担により災害補償が行われている場合とこれに代わるものとしての同法に基づく保険給付が行われている場合とで,同法ただし書きの適用の有無について取扱いを異にすべきものとはいいがたいということです。この最高裁の判断は適切なものとして支持することができます。

 なお,本件について,なお労働契約法第16条の解雇の相当性の判断の有無についてさらに審理を尽くす必要があるとして,原審に差し戻されました。

以 上