法律コラム

労働法における自由意思(3)

 

2018815日(水)

 

        労働法における自由意思(3)

 

                    弁護士法人琉球法律事務所

                       弁護士  竹 下 勇 夫

 

 前回説明したとおり、最高裁は、山梨県民信組事件で、「就業規則に定められた賃金や退職金に関する労働条件の変更に対する労働者の同意の有無については、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく、当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様、当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも、判断されるべきものと解するのが相当である。」と述べて、単に労働者が労働条件の不利益変更に同意しただけでは当該労働条件の不利益変更の効力を認めるには足りないとしています。これは、契約の内容を理解して合意すれば当該契約は有効であるとする通常の民法の契約原則とは異なるのは明らかです。

 この問題に関して、最高裁は既に昭和48年のシンガー・ソーイング・メシーン事件で、退職金の放棄について、賃金「全額払の原則の趣旨とするところは、使用者が一方的に排除することを禁止し、もって労働者に賃金の全額を確実に受領させ、労働者の経済生活をおびやかすことのないようにしてその保護をはかろうとするものというべきであるから、本件のように、労働者」が「退職に際しみずから賃金に該当する本件退職金債権を放棄する旨の意思表示をした場合に、右全額払の原則が右意思表示の効力を否定する趣旨のものであるとまでは解することはできない。もっとも、右全額払の原則の趣旨とするところなどに鑑みれば、右意思表示の効力を肯定するには、それが(労働者の)自由な意思に基づくものであることが明確でなければならないものと解すべきである。」と述べて、労働者の「自由な意思」を問題としています。

 さらに比較的最近の有名な最高裁判例としては、平成261023日の広島中央保健生協事件があります。これは訪問看護施設で訪問リハビリの副主任として働いていた労働者が、妊娠したことから負担の少ない病院リハビリへの勤務を希望したところ、それは認められたものの副主任は免ずることになるとの説明を受けてこれを渋々ながらこれを承諾したため、使用者は副主任を免じた事案です。最高裁は、男女雇用機会均等法93項は法の「目的及び基本的理念を実現するためにこれに反する事業主による措置を禁止する強行規定として設けられたものと解するのが相当」と述べて、これに反する行為は違法であり無効としました。そのうえで、本件副主任を免ずる行為を降格処分ととらえて、一般に降格は労働者に不利な影響をもたらす処遇で、「女性労働者につき妊娠中の軽易業務への転換を契機として降格させる事業主の措置は、原則として同項の禁止する取扱いに当たるものと解されるが、当該労働者が軽易業務への転換及び上記措置により受ける有利な影響並びに上記措置により受ける不利な影響の内容や程度、上記措置に係る事業主による説明の内容その他の経緯や当該労働者の意向等に照らして、当該労働者につき自由な意思に基づいて降格を承諾したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとき、又は事業主において当該労働者につき降格の措置を執ることなく軽易業務への転換をさせることに円滑な業務運営や人員の適正配置の確保などの業務上の必要性から支障がある場合であって、その業務上の必要性の内容や程度及び上記の有利又は不利な影響の内容や程度に照らして、上記措置につき同項の趣旨及び目的に実質的に反しないものと認められる特段の事情が存在するときは、同項の禁止する取扱いに当たらないものと解するのが相当である。」と判断しました。

 このように、労働法の世界に特有の(?)「自由の意思」というものをどのように考えたらいいのか、次回から考えてみたいと思います。

                            (次回につづく)