法律コラム

政治資金パーティーのパーティー券購入と取締役の責任(2)
~東京高等裁判所平成28年7月19日判決~

2016年11月4日金曜日

                      琉球法律事務所
                       弁護士  竹 下 勇 夫

2015108日付けで同名のコラムを書きました。東京地方裁判所平成27528日判決を解説したコラムです。今般、その事件の控訴審判決がでました。それが今回取り上げる東京高等裁判所平成28719日付け判決です。地裁判決と同様に原告(控訴人)の請求を退けましたが、その理由はかなり異なっています。なお、事実関係については前掲コラムを参照してください。

 高裁判決は、「パーティー券の購入代金の支払いは、その代金額が政治資金パーティーへの出席のための対価と認められる限り、『寄附』には当たらないが、パーティー券の購入代金の支払実態、当該パーティー券に係る政治資金パーティーの実態、パーティー券の金額と開催される政治資金パーティーの規模、内容との釣り合い等に照らして、社会通念上、それ自体が政治資金パーティー出席のための対価の支払とは評価できない場合にはその支払額全部が、また、その支払額が対価と評価できる額を超過する場合にはその超過部分が『寄附』に当たる」と判断しました。

 そして高裁判決は、違法な寄付をした者及び違法な寄附を受けた者はいずれも政治資金規正法の処罰の対象とされていること、違法な寄附をしたものと違法な寄附を受けた者との関係は刑法上の必要的共犯のうち対抗犯であるとした上で、「政治資金パーティーへの出席を予定しないことを認識しながらそのパーティー券を購入したとしても、主催者側がこれを認識しておらず、購入されたパーティー券の数に見合った内容の態様で政治資金パーティーを開催した場合には、主催者側においては、出席を予定していない者が支払ったパーティー券の購入代金を含め、当該政治資金パーティーの対価を受けたことにならざるを得ないから、その場合には、出席を予定しないパーティー券購入者が支払った購入代金についても、主催者においては『寄附』に当たるものということはできないと解される。」「政治資金法は『寄附』につき、賄賂申込罪に相当するような主催者が寄附性を認識していなくともこれを認識できる状態で金銭を交付する行為や、主催者に寄付性の認識がなくても金銭の交付者が片面的に寄附性を認識して金銭を交付する行為について交付者を処罰するものとはしていないことを併せ考えると、購入されたパーティー券に出席を予定しないものが含まれていることを主催者が個別に把握し、その寄附性を認識していない限り、パーティー券購入者についても、『寄附』に当たるものということはできない」としました。

 一般の人には少し難しい刑法の理論を述べていますので少し解説すると、「必要的共犯」というのは、刑法の犯罪類型として本来複数の行為者による実現を予定しているものをいい、内乱罪・騒擾罪・贈収賄罪がその典型的なものです。このうち、贈収賄罪のように収賄行為(公務員が金銭等を受け取る行為)と贈賄行為(非公務員が公務員に金銭等を交付する行為)という対向的な共同行為が犯罪類型とされているものを対向犯といいます。そして収賄側に当該金銭等についての賄賂性の認識がない場合には金銭等を収受していたとしても収賄罪は成立しないので、その対向的な相手方である贈賄側にも賄賂の供与罪は成立しないとされています。もっとも刑法は贈賄側について、賄賂の供与罪のみならず、賄賂の申込みも処罰することとしており、申込罪については必要的共犯ではありませんから、上記のような場合には賄賂の申込み罪は成立することになります。これに反し、政治資金規正法の寄付に関する罪は、賄賂罪と同様、対向犯と認められるが、賄賂罪と異なり申込罪のような規定がないので、主催者側に寄附であるとの認識がない限りそれは主催者側にとって寄附とはいえず、したがって対向的な相手方であるパーティー券の購入者にとっても寄附とはならない、と判断したのです。

 その上で高裁は、「本件会社の購入したパーティー券の枚数や金額自体が不相応であるとは認められない。」「本件会社におけるパーティー券の購入は、正式な社内手続きを経て行われており、パーティー券購入が不適切にならないように配慮していたことが認められる。」「およそ購入枚数に見合うだけの人数の参加が想定できないような数のパーティー券を購入しているとは認められない。また、本件会社による出席を予定しない本件パーティー券購入代金の支払いは、主催者が当該パーティー券につき本件会社に出席の予定がないことを個別に認識した場合には、『寄附』に当たるものであり、刑事罰を受ける対象になる行為であるが、主催者がそのような認識を抱く蓋然性があったことを基礎づける事実を認めるに足りる証拠はなく、その行為が『寄附』に当たる相当のリスクを負う行為であったとまでは認められない。以上のことに鑑みると、本件会社における5枚超部分のパーティー券の購入について、被控訴人にそれを差し控えるべき注意義務があるとまでは認められない。」として、取締役の善管注意義務違反を否定しました。

 さて、皆さんはこの高裁判決の理由についてどのようにお考えになるでしょうか。私は、取締役の善管注意義務を否定した点については賛成しますが、本件行為が政治資金規正法の寄付にならないとした理由については疑問を感じます。

 もっとも違和感を感じるのは、高裁判決が、当該パーティー券の購入が客観的に政治資金規正法上「寄附」とみなされる行為かということと、受け取る側が「寄附」であるとの認識を欠いた場合に対向犯である本件の場合提供した側も処罰できないという必要的共犯論からくる不可罰性を混同していることにあるのではないかと思います。「賄賂」であるか否かはあくまで当該金銭等の提供が公務員に対する職務上の対価として供されているものかどうかという点から判断されるものであり、客観的にそれが賄賂に該当するとしても、収賄側がそれを賄賂と認識していなければ賄賂性の認識という犯罪成立のための主観的要件を欠いていることから当該公務員には収賄罪が成立しないのであり、その結果として提供した側にも対向犯である賄賂供与罪が成立しないのであって、当該金銭等が賄賂に当たらないから、というのが理由ではありません。現にこのような場合にも金銭等を提供した側には賄賂申込罪が成立するのですから、受け取る側の認識の相違によって賄賂になったりならなかったりするわけではないのです。

 政治資金規正法の「寄付」の場合も同様であって、本件高裁判決がいうとおり、「パーティー券の購入代金の支払いは、その代金額が政治資金パーティーへの出席のための対価と認められる限り、『寄附』には当たらないが、パーティー券の購入代金の支払実態、当該パーティー券に係る政治資金パーティーの実態、パーティー券の金額と開催される政治資金パーティーの規模、内容との釣り合い等に照らして、社会通念上、それ自体が政治資金パーティー出席のための対価の支払とは評価できない場合にはその支払額全部が、また、その支払額が対価と評価できる額を超過する場合にはその超過部分が『寄附』に当たる」のです。高裁判決が言っているとおり、「寄附」に当たるか否かは社会通念によって決まるのであり、これは裏返して言えば、「寄附」であるか否かは「出席のための対価」と評価できるかどうかという客観的事情によって決まるのだと思います。ところが高裁判決はこれに続いて、「政治資金パーティーへの出席を予定しないことを認識しながらそのパーティー券を購入したとしても、主催者側がこれを認識しておらず、購入されたパーティー券の数に見合った内容の態様で政治資金パーティーを開催した場合には、主催者側においては、出席を予定していない者が支払ったパーティー券の購入代金を含め、当該政治資金パーティーの対価を受けたことにならざるを得ないから、その場合には、出席を予定しないパーティー券購入者が支払った購入代金についても、主催者においては『寄附』に当たるものということはできないと解される。」と述べていますが、これは結局のところ、「寄附」に当たるか否かの判断を寄附をする側からみるのではなく、寄附を受ける側からみることになるのですが、「出席のための対価の支払い」という観点から評価する場合に、このような判断の仕方は相当ではないと思います。

 さらに、高裁判決は、取締役の善管注意義務の判断をする際に、政治資金法の寄附の罪で処罰されるリスクが低いことも理由にしていますが、そもそも対向犯であることを理由に本件行為が寄附に該当しないとする判断が疑問であることは前記のとおりですし、本件において問題なのは、パーティーに出席しない人の分まで支払ったことについての取締役の善管注意義務違反が問題とされているのですから、端的に、本件のような事情の下では5枚を超えるパーティー券の購入が社会通念上対価性を損なっているとはいえないといえばそれでよかったのではないかと思います。

 その点で、私は地裁の判断の方が正しいのではないかと考えています。

                                                                  以 上