法律コラム

株の値段はどうやって決める?~最高裁平成27年3月26日決定~

2015年7月
                       琉球法律事務所 弁護士 竹 下 勇 夫


 株式会社の株式の価格はどうやって決まるのでしょうか。
そんなのは簡単ですよ。証券取引所で毎日株の売買が行われており,今日の株価がいくらなのかはインターネットを調べれば簡単に分かりますよ。
そうですね。確かにそのとおりなのです。しかし,それは証券取引所で売買がなされている株式,つまり証券取引所に上場されている株式に当てはまることであって,日本の多くの株式会社はそもそも上場がされていません。そのうえ,上場されていない株式会社の多くが譲渡制限会社,つまり株式を譲渡する場合には取締役会の承諾が必要とされている会社なのです。

このような会社の株式を売却しようとした場合,その株式の正当な価格というのはどうやって決めるのでしょうか。もちろん売主と買主とが売買価格について一致していれば何の問題もありません。しかし,そうでない場合にどうしたらいいのでしょうか。売らなければいいのでしょう,とは単純にいえないのです。

例えば,甲株式会社の株主AさんがBさんに甲社の株式を1株当たり1000円で売却しようと思い,Bさんもこれに承諾しましたが,甲社の取締役会がAB間の売買を承諾しません。この場合,Aさんがどうしても甲社の株式を売買しようと思えばBさんに対する売買をあきらめ,甲社の指定する者に売却するほかありません。ところが,この場合に甲社の指定する者が1000円では高すぎるといったときに,Aさんはどうしたらよいのでしょうか。

このような場合,Aさんは裁判所に対して甲社の株式の売買価格を決定してもらうよう申立てをすることができます。この場合,裁判所は甲社の株式の価格を決定しなければなりません。
このほかにも会社が合併しようとする際に合併に反対する株主は当該株式を買取請求することができますし,昨年の会社法の改正で認められたキャッシュアウト,すなわち議決権の9割を有する特別支配株主は少数株主を追い出すために少数株主に対して株式の売渡請求をすることができ,これに反対の少数株主は裁判所に対して売買価格の決定を申立てることができます。
このように現行の会社法は裁判所が株式会社の株式の価格を決定する場合を認めています。それではこのような場合,裁判所は何を根拠にして「公正な価格」の決定をするのでしょうか。

上場されていない株式会社の株式の価格を定める方法はいろいろあります。
例えば,予測純利益を資本還元率により還元する収益還元法,実際の配当金額または予測配当金額を資本還元率により還元する配当還元法,当該会社の過去の取引価格を元に評価する取引事例法,会計上の純資産価額で評価する簿価純資産法,時価に換算して算出した純資産価額で評価する時価純資産法etc
 それぞれの方法には一長一短があって,どれが最適な方法であるのかは一概には言えませんが,裁判所は収益還元法に依ることが多いようです。

問題は,当該株式が非支配株式であることを理由として減価したり(マイノリティ・ディスカウント),市場価格のないことを理由として減価する(非流動性ディスカウント)ことができるかということです。マイノリティ・ディスカウントとは,会社を支配することのできる多数の株式に比し,そうでない株式は同じ1株の株式であっても後者のほうが価値が低いとすることを前提に価値を減ずることであり,非流動性ディスカウントとは,上場株式のように容易に現金化されることができないことを理由として価値を減ずることを言います。

より分かりやすく言えば,マイノリティ・ディスカウントは,上記のような方法によって算出した1株当たりの価値が本来の会社の価値を表しているものだとしても,当該株式のみでは発行済み株式の3分の1にも満たず,当該株式を保有するのみでは当該会社を支配することができず,会社経営に参画することができない結果,現実問題として当該株式の価値を高めるような行動を当該株式の保有者が取り得ないことから,少数株式のままでは株式本来の価値を現実化できないという意味で,その分の価値を減ずるべきだという考え方です。
また,非流動性ディスカウントは,上記のような方法で算出した株価が会社の本来の価値を表しているものであるとしても,上場されていないことによって自由な株式の売買をする市場がないことから,必ずしも価値どおりの対価で株式を売却することができるわけではないというリスクを計算して,その分の価値を減ずるべきだとするものです。
以上のことを前提として,裁判所は株式の価格を決定するに際し,上記のようなディスカウントをすることができるかということです。

営業譲渡に反対した株主が株式買取請求権を行使した事案について,東京高裁平成22524日決定は,次のように述べて,マイノリティ・デスカウントや非流動性ディスカウントを否定しました。

「営業譲渡や合併,会社分割などの場合において,株式買取請求権が認められるのは,特別決議という多数決等によってそれらが決められ,少数派の反対株主としては株式を手放したくないにもかかわらず,それ以上不利益を被らないために株式を手放さざるを得ない事態に追い込まれるということに対する補償措置として位置づけられているものである。」「マイノリティ・ディスカウント(非支配株式であることを理由とした減価)や非流動性ディスカウント(市場価値をないことを理由とした減価)を本件株式価値の評価にあたって行うことは相当でない。」

また,楽天対TBSに係る最高裁平成23419日判決は,「反対株主に『公正な価格』での株式の買取りを請求する権利が付与された趣旨は,吸収合併等という会社組織の基礎に本質的変更をもたらす行為を株主総会の多数決により可能とする半面,それに反対する株主に会社からの退出の機会を与えるとともに,退出を選択した株主は,吸収合併等がされなかったとした場合と経済的に同等の状況を確保し,さらに,吸収合併等によりシナジーその他の企業価値の増加が生ずる場合には,上記株主に対してもこれを適切に分配し得るものとすることにより,上記株主の利益を一定の範囲で保障することにある。裁判所による買取価格の決定は,客観的に定まっている過去のある一定時点の株価を確認するものではなく,裁判所において,上記の趣旨に従い,「公正な価格」を形成するものであり,また,会社法が価格決定の基準についいて格別の規定を置いていないことからすると,その決定は,裁判所の合理的な裁量に委ねられているものと解される。」と述べています。
以上のような裁判状況の中で,最高裁は,平成27326日,決定において,合併に反対した株主の株式買取請求に関して,以下のとおり非流動性ディスカウントができない旨を明確に述べました。
 すなわち,「一定の評価手法を合理的であるとして,当該評価手法により株式の価格の算定を行うこととした場合において,その評価手法の内容,性格等からして,考慮することが相当でないと認められる要素を考慮して価格を決定することは許されないというべきである。 非流動性ディスカウントは,非上場会社の株式には市場性がなく,上場株式に比べて流動性が低いことを理由として減価をするものであるところ,収益還元法は,当該会社において将来期待される純利益を一定の資本還元率で還元することにより 株式の現在の価格を算定するものであって,同評価手法には,類似会社比準法等と は異なり,市場における取引価格との比較という要素は含まれていない。吸収合併等に反対する株主に公正な価格での株式買取請求権が付与された趣旨が,吸収合併等という会社組織の基礎に本質的変更をもたらす行為を株主総会の多数決により可能とする反面,それに反対する株主に会社からの退出の機会を与えるとともに,退出を選択した株主には企業価値を適切に分配するものであることをも念頭に置くと,収益還元法によって算定された株式の価格について,同評価手法に要素として含まれていない市場における取引価格との比較により更に減価を行うことは,相当でないというべきである。 したがって,非上場会社において会社法785条1項に基づく株式買取請求がされ,裁判所が収益還元法を用いて株式の買取価格を決定する場合に,非流動性ディスカウントを行うことはできないと解するのが相当である。」

 このようにして,最高裁判所は前掲の東京裁判所と同様に株式買取請求権を付与した趣旨から非流動性ディスカウントすすることはできないとしました。この判例の理屈は組織再編行為一般に妥当するといえますし,上述の特別支配株主のキャッシュアウトの場合にも妥当すると思います。もっとも,譲渡制限株式の譲渡を取締役会が承認しなかった場合については,株主の意思に反して株式を手放さざるを得なくなった場合とは言えないので,上記裁判の趣旨がそのまま当てはまるものではないように思いますので,このような場合の価格結滞の際にまでこの最高裁決定の射程が及んでいるとは思えません。この場合には,依然としてマイノリティ・ディスカウントや非流動性ディスカウントが許容されるべきものと思われます。

以 上