法律コラム
2009年12月14日月曜日
琉球法律事務所 弁護士 竹 下 勇 夫
前回,横浜南労基署長事件の最高裁判決をご紹介しました。脳神疾患に関する労災適用事案については,それまで労基署長は厚生省の平成7年2月1日 付38号通達と平成8年1月22日付30号通達によって判断してきました。しかしながら,当該通達に基づいた労基署長の判断が裁判所によって覆されること も多く,上記通達に対する批判も少なからず存在しました。そこで厚生労働省は,横浜南労基署長事件の最高裁判決を機に,「脳・心臓疾患の認定基準に関する 専門検討会」に検討を依頼し,その検討結果をもとに,平成13年12月12日,基発第1063号として「脳血管疾患及び虚血性心疾患(負傷に起因するもの を除く)。の認定基準について」と題する新たな通達を都道府県労働局長あてに発しました。現在では,この通達の定めた基準に基づいて脳心疾患に関する労災 認定の判断がなされています。もとよりこの基準は都道府県労働局長あてに厚生労働省労働基準局長が通知した通達にすぎないものであり,裁判所を拘束する基 準ではありませんが,労災認定を行う労働基準監督署長は,基本的にはこの基準に基づいた判断を行うことになりますので,労働認定の実際においては極めて大 きな効力を有するものと言えます。今回は,この通達に定めた基準について説明しましょう。
この通達は,脳・心臓疾患の発症に影響を及ぼす業務による明らかな過重負荷として,発症に近接した時期における負荷のほか,長期間にわたる過労の 蓄積も考慮することにしたことが大きな特徴です。つまり,脳心疾患(通達では,脳血管疾患として脳内出血,くも膜下出血,脳梗塞,高血圧性脳症を,虚血性 心疾患として心筋梗塞,狭心症,心停止,解離性大動脈瘤を対象疾患としてあげています。)というのは,その発症の基礎となる動脈硬化等による血管病変又は 動脈瘤,心筋変性等の基礎的病態(通達はこれを「血管病変等」といっています。)が長い年月の生活の営みの中で形成され,それが徐々に進行し,増悪すると いった自然経過をたどり発症されるものとされていて,このような自然経過をたどって発症したものが一般論としては労災認定から除外されるのは,明らかで す。しかし,一方でそのような自然経過をたどって発症したとは言い難い場合も現実には起こり得るわけで,そのような場合,いかなる要件をみたしているとき に労災認定すべきかという基本的な考えを示したのがこの通達と言えます。
通達では,次のような要件が定められています。すなわち,脳心疾患が業務上の疾病と言えるための要件(つまり労災認定のための要件)として
(1)発症直前から前日までの間において,発症状態を時間的及び場所的に明確にし得る異常な出来
事(通達では,これを「異常な出来事」と呼んでいます。)に遭遇したこと。
(2)発症に近接した時期において,特に過重な業務(通達では,これを「短期間の過重業務」と呼んで
います。)に就労したこと。
(3)発症前に長期間にわたって,著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務(通達では,これを
「長期間の過重業務」と呼んでいます。)に就労したこと。
のいずれかの明らかな過重負荷を受けたことにより発症した脳・心臓疾患であることとしています。
次回は,この通達について,もう少し詳しく見ていきます。
以 上