法律コラム

従業員の健康管理(7)(自殺・過労自殺と労災)

2010年1月6日水曜日
                       琉球法律事務所 弁護士 竹 下 勇 夫

 

 前回まで、脳心疾患の業務起因性についてみてきました。労災認定に際して、脳心疾患とともに困難な問題が生ずるのが精神障害等、特に自殺・過労自殺と業務起因性との関係です。
 労働者災害補償保険法第12条の221項は、「労働者が、故意に負傷、疾病、障害若しくは死亡又はその直接の原因となった事故を生じさせたときは、政府は、保険給付を行わない。」と定めています。自殺は読んで字のごとく自らの意思で自らの生を断つ行為であり、上記条文をストレートにあてはめれば自殺には労災保険給付はないということになります。かつては、業務上の傷病による精神障害のために心神喪失の状態となって自殺した場合であれば、本人の故意によるものとはいえないので不支給の場合に当たらないが、心神喪失状態といえないような場合には故意による死亡として不支給とされてきました。しかしながら現実には心神喪失の状態で自殺すると認められるような場合は稀であり、裁判所はこれを比較的緩やかに解し、必ずしも心神喪失とはいえないような場合でも「故意」に当たるわけではないとして、自殺の業務起因性を認めてきました。
 このような裁判所の判断等も影響して、旧労働省は平成11914日基発第544号「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針について」、同第545号「精神障害による自殺の取扱いについて」と題する通達を都道府県労働基準局長宛に出しました。第544号通達は、その「第3 判断要件について」の項で、(1)対象疾病(国際疾病分類第10回修正、いわゆるICD-10の第?章「精神および行動の障害」に分類される精神障害ことです。)に該当する精神障害を発病しており、(2)対象疾病の発病前おおむね6か月の間に、客観的に当該精神障害を発病させるおそれのある業務による強い心理的負荷が認められ、(3)業務以外の心理的負荷及び個体側要因により当該精神障害を発病したとは認められない、場合は当該精神障害は業務上の疾病に当たるとしています。そして自殺に関しては、「第6 自殺の取扱い」の項で、ICD-10のF0からF4(これらがどのような精神障害を指しているかは実際に厚生労働省のホームページでこの通達を見て確認してください。)に分類される多くの精神障害では、精神障害の病態としての自殺念慮が出現する蓋然性が高いと医学的に認められることから、業務による心理的負荷によってこれらの精神障害が発病したと認められる者が自殺を図った場合には、精神障害によって正常の認識、行為選択能力が著しく阻害され、又は自殺行為を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態で自殺が行われたものと推定し、原則として業務起因性が認められる、としています。そして遺書等の取扱いについては、遺書等の存在については、それ自体で正常な認識、行為選択能力が著しく阻害されていなかったと判断することは必ずしも妥当ではなく、遺書等の表現、内容、作成時の状況等を把握の上、自殺に至る経緯に係る一資料として評価するものである、としています。
 また、第545号通達は、「業務上の精神障害によって、正常の認識、行為選択能力が著しく阻害され、又は自殺行為を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態で自殺が行われたと認められる場合には、結果の発生を意図した故意には該当しない。」として、労災保険法第12条の221項の「故意」に当たらないことを明らかにしています。
 以上のように、現在では業務上の疾病に該当する精神障害の範囲について、関係通達によって比較的明瞭にされていますが、それでも個々の事案の認定が困難な問題を伴うこともまた事実です。

 これまで、労災支給がなされるかどうかの視点で業務上の疾病をみてきましたが、このような疾病が生じたような場合に、被災した従業員は労災保険の給付だけではなく、使用者に対して民事上の損害賠償を請求することができるのでしょうか。次回以降、この問題を扱うことにします。

以 上