法律コラム

従業員の健康管理(8)

2010年1月20日水曜日
                       琉球法律事務所 弁護士 原 田 育 美

 

 前回まで,どのような場合に労働者の疾病が「業務上の疾病」といえるか,具体的な判例や通達に照らして見てきました。
今回は,電通事件(最高裁二小,平12.24)判決を通して,どのような場合に使用者に対し,民事上の損害賠償請求ができるかについて考えてみます。
この判決は,(1)長時間労働等の過酷な勤務条件による過労の蓄積と,うつ病の発症,自殺の間に,それぞれ相当因果関係を認め,使用者の損害賠償責任を認めた初めての最高裁判決として大きな意義を有しています。
また,(2)具体的な賠償金額の決定にあたり,被害者の心因的要素を考慮して過失相殺を行うことについても,重要な判断をしています。

まず,事件の概要について,簡単にご紹介します。
この事件では,使用者Y(大手広告代理店)に勤務する労働者A(大学卒新入社員)が,入社後,長時間に及ぶ時間外労働を恒常的に行っていたところ,入社約1年5か月後にうつ病に罹患し,自殺しました。
そこで,Aの両親であるXらが,Aの自殺はYによる長時間労働を強いられた結果であるとして,Yに対し,民法715条に基づき損害賠償請求をしました。

最高裁(上告審)は,まず,(1)の点につき,次のように述べ,YのXらに対する賠償責任を認めた原審の判断を支持しています。
 (1) 「労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして,疲労や心
   理的負荷等が過度に蓄積すると,労働者の心身の健康を損なう危険のあることは,周知
   のところである。」

 (2) そして,使用者は,労働者に対し,「業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄
   積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負う」ところ,使用
   者に代わり労働者に業務上の指揮監督を行う権限を有する者(Aの上司等)は,このよ
   うな使用者の注意義務の内容に従って労働者に対し業務上の指揮監督権限を行使すべき
   である。
(3) その上で,?Aの常日頃からの長時間にわたる残業実態,疲労の蓄積に伴う健康状態の
   悪化,これに対しAの上司らが何らの措置もとっていないこと,及び,医学的知見を考
   慮の上,Aの業務遂行とうつ病罹患による自殺の間には相当因果関係があるとし,
?Aの
   上司らがAの健康状態の悪化等を認識しながら負担軽減措置をとらなかったことに過失
   があったとして,Yの民法
715条に基づく損害賠償責任を肯定した原審の判断は正当で
   あり,是認できる。
次に,(2)につき,Yの賠償金額の決定にあたり,民法7222項を類推適用して過失相殺を行った原審(第二審)に対し,上告審(最高裁)は,次のように述べて,本件では,過失相殺を否定しました。
 (1)   身体に対する加害行為を原因とする被害者の損害賠償請求において,裁判所は,加害
   者の賠償すべき額を決定するに当たり,損害を公平に分担させる損害賠償法の理念に照
   らし,民法
7222項の過失相殺規定を類推適用して,損害の発生又は拡大に寄与した被
   害者の心因的要素を一定の限度で斟酌できるとした最高裁昭
63.4.21の趣旨は,労働者
   の業務が過重であることを原因とする損害賠償請求においても,基本的に同様に解すべ
   きである。
(2)   しかし,「企業等に雇用される労働者の性格が多様」であり,「ある業務に従事する
   特定の労働者の性格が,同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定さ
   れる範囲を外れるものでない場合には」,その労働者の性格及びこれに基づく業務遂行
   の態様等を心因的要素として斟酌することはできない。


 この判例では,不法行為に基づく使用者に対する民事上の損害賠償請求を認めていますが,一般的には,不法行為ではなく,契約責任として,使用者に対する民事上の損害賠償請求が争われるケースが多く,判例も多く出ています。
そこで,次回は,民事上の損害賠償請求が契約責任として争われた判例をご紹介したいと思います。

以 上