法律コラム
2010年4月1日木曜日
琉球法律事務所 弁護士 原 田 育 美
前回までのコラムで,労働災害による民事損害賠償請求には,?不法行為責任(民法709,715条等)と,?使用者の安全配慮義務違反を根拠とした契約責任を追求する2つの方法があり,それぞれ裁判例をご紹介しました。
この2つの方法には,具体的にどのような違いがあるのでしょうか。
1 時効期間について:不法行為の時効期間は,損害及び加害者を知ったときから3年間(民
法724条)であるのに対し,契約責任は一般債権として10年間請求することができます
(民法167条1項)。
2 立証責任について:不法行為の場合,労働者の側で,使用者の故意・過失を立証しなけ
ればなりませんが,通常,このような使用者の主観的事情を労働者が立証することは大変
困難です。これに対し,契約責任の場合,労働者は使用者に「安全配慮義務違反がある」
事実を証明すれば足り,使用者がこの責任を免れるためには,使用者の側で「帰責事由が
ないこと」を証明しなければなりません。
3 慰謝料・過失相殺:不法行為の場合,精神的苦痛に対する慰謝料も併せて請求すること
ができます。また,損害の発生または拡大について被害者(労働者)側にも過失があった
場合,過失相殺がなされることがあります(民法722条2項)。
これに対し,通常,契約責任では,慰謝料請求はできませんし,過失相殺に相当する規
定はありません。
しかし,労働災害による民事損害賠償請求では,精神的苦痛に対する慰謝料も使用者の
安全配慮義務違反と相当因果関係があるものとして請求することができ,過失相殺につい
ても民法418条を適用ないし類推適用して行われています。
4 利息・弁護士費用:不法行為の場合,不法行為の翌日からの遅延利息(年5分)を請求
できるのに対し,契約責任の場合,請求をした翌日からの遅延利息しか請求できません
(不法行為債権は不法行為のときから遅滞に陥るのに対し,契約責任(安全配慮義務違
反)を根拠とする損害賠償請求権は期限の定めのない債権として「履行の請求を受けた時
から」(民法412条3項)遅滞の責任を負います)。また,通常,不法行為の場合には弁護
士費用も併せて請求できるのに対し,契約責任の場合には原則として弁護士費用は請求で
きません。
不法行為責任と契約責任には,以上のような違いがありますが,通常,労働災害による民事
損害賠償請求は,時効期間と立証責任の点で労働者側に有利な安全配慮義務を根拠とする場合が多いようです。ただし,契約責任の場合でも,安全配慮義務違反の事実は労働者側が立証しなければならないため,必ずしも安全配慮義務違反を主張する方が労働者に有利とも言えず,立証の難易や賠償額についての実際上の差異は,ほとんどありません。
今回は労働災害による民事損害賠償請求を取り上げました。
次回は,労働災害と使用者の法的責任について,民事責任,刑事責任,行政責任の,3つ観点からお話しします。
以 上