法律コラム

従業員の健康管理(12) 労働安全衛生法上の使用者の義務

2010年9月28日月曜日
                       琉球法律事務所 弁護士 原 田 育 美


職場の安全・衛生は,もともと,労働基準法「第5章 安全及び衛生」に規定されていましたが,労働安全衛生法(以下「労安衛法」と略記します。)は,高度成長期に企業活動の拡大に伴う労働災害の激増を背景に,「労働基準法と相まつて,労働災害の防止のための危害防止基準の確立,責任体制の明確化及び自主的活動の促進の措置を講ずる等その防止に関する総合的計画的な対策を推進することにより職場における労働者の安全と健康を確保するとともに,快適な職場環境の形成を促進することを目的」(第1条)として,独立の法律として制定されました(昭和47年法律第57号)。
同法は,労働契約関係において使用者が遵守すべき安全衛生の最低基準を定立するにとどまらず,職場の安全・衛生の実現のため,危険な機械・有害材料の製造・流通過程の関係者や危険な工事の元請事業者・注文者などに対しても罰則付の義務を課しています。
また,職場の安全・衛生の確保と労働者の健康の増進および快適な職場の形成のため,事業主に諸種の努力義務を課し,指針の策定や行政支援・行政指導等による実効性確保の仕組みを定めています。
 労安衛法の規定する内容を見てみましょう。

1 安全衛生管理体制
  労安衛法は,企業の自主的な安全衛生管理体制作りを促進するため,?一定規模・業種の事
 業場において総括安全衛生管理者を設置し,それを補佐する安全管理者,衛生管理者,安全
 衛生推進者を選任する義務(
10条~12条の2),?産業医,作業主任者を選任する義務(13
条,14条),?労使が協力して安全衛生問題を調査審議する機関としての安全委員会,衛生
 委員会,安全衛生委員会(
17条~19条)を規定しています。
2 具体的措置
(1) 危険または健康障害防止の措置(第4章,第5章)
   
  事業者は,?機械,危険物,電気などのエネルギーから生ずる危険の防止措置(20
     
条),?掘削,採石,荷役等の業務による危険,墜落や土砂崩壊などの危険の防止措
    置(
21条),?原材料,ガス・放射線・高低温・監視作業・排気などによる健康障害
    の防止措置(
22条),?通路・床面・階段等の作業場の保全,換気,採光,保温,防
    湿など,労働者の健康・風紀・生命の保持のために必要な措置(
23条),?労働者の
    作業行動から生ずる労働災害を防止する措置(
24条),?ボイラーなど特に危険な作
    業を要する機械に関する検査の義務(
3741条),?それ以外の機械の定期自主検査
    の義務(
45条)などの義務を負います。そして,それぞれの義務の内容は,労働安全
    衛生規則において,詳細かつ具体的に定められています。
また,事業者は労働災害発生の急迫の危険がある場合は直ちに作業を中止させ,労
    働者を退避させるなどの措置を講ずる(
25条)とともに,一定の事業における二次災
    害防止のための措置を講ずる義務を負います(
25条の2)。また,請負事業において
    は,上記措置に準じて,元方事業者,注文者,請負人,機械等貸与者,建築物貸与
    者,貨物発送者に各種措置を講じる義務が課されています(
2935条)。
(2) 安全衛生教育,就業制限(第6章)
   労働災害防止の具体的措置として,労働者の就業時の安全衛生教育(59条等),就業制
    
限(61条,62条)を定めています。
(3) 健康の保持・増進の措置(第7章)
  
  事業者は,雇入れ時及び定期の一般健康診断(661項),一定の有害業務についての
   特殊健康診断(
2項)の実施義務を負います。
    また,事業者は,健康診断の結果に基づき,医師の意見を聴き,必要と認めるときは
   就業場所の変更,作業の転換,労働時間の短縮,深夜業の回数の減少等の措置を講じな
   ければならないとされています(
66条の466条の5)。

   さらに,医師または保険医による保険指導の努力義務(66条の7),長時間労働等に
  より脳・心臓疾患等の健康障害発症のリスクが高まった労働者に対する医師による面接
  指導(
66条の81項),健康教育・健康相談(69条),病者の就業禁止(68条)など
  が規定されています。
他方,事業者の健康診断の実施義務に対応して,労働者も健康診断の受診義務を負い
  ますが,労働者が指定された医師の診断を希望しない場合は他の医師の診断を受診する
  ことができます(医師選択の自由,
665項)。
(4) 実効性確保措置
労安衛法の施行は労働基準監督署長及び監督官が担当し(90条),労働基準監督官は,
 事業場へ立ち入り,関係者に質問し,帳簿・書類を検査し,作業環境を測定し,検査のた
 め原材料等を収去する権限を有します(
91条)。
労安衛法の多くの規定には,違反に関する行政罰が定められています(115条の2121
条)。
また,事業者による安全衛生改善計画の指示(78条)や,それを実施するための資金の
 融資(労働安全衛生融資制度)等,労働災害防止に関する企業の取り組みを促すための行
 政的規制による履行確保措置を規定しています。

 次回は,労安衛法と労働契約,安全配慮義務の関係についてお話します。

以 上