法律コラム

従業員の健康管理(14)

2011年3月1日火曜日
                       琉球法律事務所 弁護士 竹 下 勇 夫

 これまで,従業員の健康管理に関して使用者が行わなければならないとされている問題をいろいろ取り上げてきました。
今回は,これらの使用者の義務と賃金の関係についてみておきたいと思います。
使用者が,従業員に対する安全配慮義務を講ずるために,従業員の健康状態に応じた適切な措置を講じた結果,賃金が減額になったような場合をどう考えるかということです。例えば,労働安全衛生法は,健康診断実施後の措置として,事業者は,医師の意見を勘案し,その必要があると認めるときは,当該労働者の実情を考慮して,就業場所の変更,作業の転換,労働時間の短縮,深夜業の回数の減少等の措置を講じなければならない(66条の51項)と定めており,これに基づいて,「健康診断結果に基づき事業者が講ずべき措置に関する指針」が出されています。
使用者がこのような適切な軽減措置をとった結果,従来の職務と異なる職務に配置換えになったため従来あった手当てがなくなったとか,労働時間が短縮されたため賃金そのものが減額となったような場合に,従業員はこれらの減額分の補償を使用者に求めることができるか,あるいは従来どおりの賃金請求権を有するのか,という問題です。
従来危険業務等特殊な業務についていることによって特殊勤務手当等を取得していた従業員が,健康悪化を防止するために他の職務に従事したような場合には,これらの手当てがもらえなくなってもやむを得ないと言えます。
管理職を降格された場合の管理職手当についてはどうでしょうか。少なくとも管理職を降格するには正当な理由が必要ですし,健康悪化の防止のため管理職を降格せざるを得ないような特別な事情がないと,降格自体について問題とされるおそれがあります。
勤務の変更に対応した給与項目等の変更がない場合はどうでしょうか。責任の軽減がなく,勤務時間のみが軽減した場合には賃金の減額が認められますが,完全月給制の場合には問題です。この場合には,数値化が困難な程度の責任の軽減や業務量の軽減措置があった場合と同様に,昇給や給与の査定などで調整するしかないように思います。
問題なのは,増悪防止のための軽減業務への配転等ができず就労を拒絶せざるを得ないような場合の賃金がどうなるかということです。この点に関しては,平成1049日の最高裁判決があります。同判決は,「労働者が業種や業務内容を特定せずに労働契約を締結した場合において」「現に就業を命じられた特定の業務について労務の提供が十全にはできないとしても」「その能力,経験,地位,当該企業の規模,業種,当該企業における労働者の配置・異動の実情及び難易等に照らして当該労働者が配置される現実的可能性があると認められる他の業務についての労務を提供することができ」「その提供を申し出ているならば」「なお債務の本旨に従った履行の提供があると解するのが相当」と判断しました。法律的な用語が使用されているために難解な内容となっていますが,わかりやすくいえば,特定の職務に関しては十分な労働力を提供できないとしても,その人の提供する労働力に見合う職場があって,そこで働きますという申し出がある限り,使用者はその就労を拒否できない,拒否したとしても本来の労働契約に定める労働力の提供をしたのと同じことなので,使用者は労働契約に定める賃金を支払う義務がある,ということです。
この判決は当該労働者の働く職種があるという前提ですが,この最高裁判決の影響は大きく,その後,休業又は休職からの復帰をめぐって多くのトラブルが発生しています。特に,ならし運転とでも言うべきリハビリテーション勤務に際しても,従前の業務と復帰時の労働の価値が異なる場合においても,従前の賃金保障を要するかなど困難な問題をひき起こしています。

以 上