法律コラム

INAXメンテナンス事件

2011年5月30日月曜日
                       琉球法律事務所 弁護士 竹 下 勇 夫


 平成12412日,最高裁判所は二つの注目すべき判決を出しました。一つはINAXメンテナンス事件であり,もう一つは新国立劇場事件です。いずれも労働組合法上の労働者に該当するかどうかが争われた事件ですが,今回は前者について説明します。
事案は以下のようなものです。
住宅設備機器及び建材の大手メーカーであるAのアフターメンテナンスを主な事業とする,Aが全額出資する子会社であるXは,自社の修理修繕業務CEになろうとする者(個人又は法人)との間で業務委託契約を締結し,修理補修等を委託していた。もっともXはAのブランドイメージを低下させないよう一定水準以上の技術を維持するため,認定制度やランキング制度を導入し,業務内容や接客態度に関するマニュアルを作成配布していた。そして,Xの修理補修業務は,もっぱらCEに委託していた。
CEらは,労働組合に加入して分会を結成し,Xに対して,労働条件の変更等について団体交渉を申込んだが,Xは,CEはXと雇用契約を締結した労働者ではないという理由で,これを拒絶した。これが不当労働行為に該当するかどうかが争われたもので,形式的に業務委託契約を締結しているCEが労働組合法上の労働者に該当するかというのが大きな争点です。
以上のような事案に対し,最高裁は平成23412日判決で,概略次のような理由でCEの労働組合法上の労働者性を肯定しました。
 1.CEは,被上告人Xの事業の遂行に不可欠な労働力として,その恒常的な確保のために
  被上告人の組織に組み入れられていたものとみるのが相当である。⇒ Xの組織への組み
  入れ
2.CEと被上告人Xとの間の業務委託契約の内容は,被上告人Xの定めた「業務委託に関
  する覚書」によって規律されており,個別の修理補修等の依頼内容をCEの側で変更する
  余地がなかったことも明らかであるから,被上告人がCEとの間の契約内容を一方的に決
  定していたものというべきである。⇒ 契約内容の一方的決定
3.CEの報酬は,CEが被上告人Xによる個別の業務委託に応じて修理補修等を行った場
  合に,被上告人Xが商品や修理内容に従ってあらかじめ決定した顧客等に対する請求金額
  に,当該CEにつき被上告人Xが決定した級ごとに定められた一定率を乗じ,これに時間
  外手当等に相当する金額を加算する方法で支払われていたのであるから,労務の提供の対
  価としての性質を有するものということができる。⇒ 報酬の性格
4.被上告人Xから修理補修等の依頼を受けた場合,CEは業務を直ちに遂行するものとさ
  れ,各当事者の認識や契約の実際の運用においては,CEは,基本的に被上告人による個
  別の修理補修等の依頼に応ずべき関係にあったものとみるのが相当である。⇒ 業務諾否
  の自由の有無
5.CEは,被上告人の指定する業務遂行方法に従い,その指揮監督の下に労務の提供を行
  っており,かつ,その業務について場所的にも時間的にも一定の拘束を受けていたものと
  いうことができる。⇒ 業務遂行における具体的な指揮監督及び時間的・場所的拘束

以上の諸事情を総合考慮して,最高裁は,CEが労働組合法上の労働者に当たると判断しました。
 この判決が直接対象としているのは,形式的に「業務委託契約」という契約形式によっていても,当該受託者が労働組合法上の労働者に該当する場合がある,ということであり,このことから直ちに,本件のような場合に,労働契約法や労働基準法の適用に際しても労働者として当該法律が適用されると解釈されるわけではありません。むしろ一般的には,労働基準法上の労働者と労働組合法上の労働者とはその定義が異なり,適用範囲も明確に異なる,というのが一般的な理解です。そして本件判決の射程は,労働組合法上の労働者に該当するかどうかの観点からのみ判断したものというべきであり,かつそのように理解したうえでも,委託契約の場合であっても,その契約の具体的内容によっては労働組合法上の労働者とされるとした点で極めて注目すべき判決と言えます。
ところで,問題はその先にあります。学習院大学の橋本洋子教授は,労働基準法の労働者と労働組合法の労働者の判断に際しては,結局同じ判断要素を用いていると言わざるを得ないと指摘し,労働省の諮問機関である労働基準法研究会の昭和60年報告である「労働基準法の『労働者』の判断基準について」をあげています。確かに同報告書は,労働基準法上の「労働者」の判断要素として,「『使用される=指揮監督下の労働」』という労務提供の形態及び『賃金支払』という報酬の労務に対する対償性,すなわち報酬が提供された労務に対するものであるかどうかによって判断されることになる。」と述べ,「『指揮監督下の労働』に関する判断基準」として「仕事の依頼,業務従事の指示等に対する諾否の自由の有無」「業務遂行上の指揮監督の有無」「(勤務場所や勤務時間の)拘束性の有無」等があげられ,また「報酬の労務対償性に関する判断基準」として,「報酬が時間給を基礎として計算される等労働の結果による較差が少ない,欠勤した場合には応分の報酬が控除され,いわゆる残業をした場合には通常の報酬等は別の手当が支給される等報酬の性格が使用者の指揮監督の下に一定時間労務を提供していることに対する対価と判断される場合」を挙げています。
上記判決の1.2.4.5の判断は「『指揮監督下の労働』に関する判断基準」と同じではないかと言えそうですし,3の判断は「報酬の労務対償性に関する判断」と同じともいえます。
このような観点から上記判決の「労働者性」の判断を検討すると,結局上記判決の労働者性の判断は労働基準法の労働者の判断と同じ基準によっているものであり,本件事案のような場合には,労働組合法上の労働者と言えるばかりではなく,労働基準法上の労働者といえるのではないか,との大きな問題を突き付けられているものと言えます。労働契約法や労働基準法上の労働者と,労働組合法上の労働者の異同,その判断基準が早急に最高裁によって示されることを望みます。

以 上