法律コラム

復職判断と産業医

2012年2月22日火曜日
                       琉球法律事務所 弁護士 竹 下 勇 夫

 

 しばらくコラムをお休みしていました。いったん止めると再開するのに気力が必要だなと痛感しています。
 これまで、シリーズとして従業員の健康管理の問題を扱ってきました。その中で、私傷病における復職の問題について少しだけ触れておきました。ところで、最近、復職に関する産業医の診断に関して、産業医に対する損害賠償責任が問われるという珍しい判決が示されましたので、紹介したいと思います。
 大阪地方裁判所平成23年10月25日付の判決です。判決によれば、事実関係は次のようなものでした。まず原告の訴えは、勤務先の産業医である被告との面談時に、詰問口調で非難されるなどしたため、病状が悪化し、このことによって復職時期が遅れるとともに、精神的苦痛を被ったとして、休業による損害および慰謝料を求めたものです。原告は、自律神経失調症により、平成20年6月30日から休職していたが、平成20年11月に勤務先の上司から産業医による面談を打診され、これに応じました。被告である産業医は、会社からの依頼を受けて、平成20年11月26日、喫茶店で上司の同席の下、原告と面談しました。その際、被告は原告に対し、健康状況や家庭環境・職場環境、受診状況や、最近の生活状況を尋ねたが、あまりはっきりした回答が得られませんでした。被告は、原告を見た印象で、原告の状態は悪くなく、もう一歩で職場復帰できると感じていたため、可能な部分から前向きな生活をするよう励ませばよいと考え、「それは病気やない。それは甘えなんや。」、「薬を飲まずにがんばれ。」、「こんな状態が続いとったら生きとってもおもんないやろが。」などと力を込めて言いました。その後、原告は、平成20年12月2日及び5日、通院先のクリニックで診断を受けましたが、同クリニックでは、従来は改善傾向にあったが、被告との面談後、明らかに病状が悪化しているとして、平成21年1月31日まで自宅療養が必要である旨の診断を受けました。その後も通院を続け、平成21年3月26日にようやく同クリニックから平成24年4月27日から就業可能との診断を受け、結局同月26日まで休職しました。
 以上のような事実関係のもとで、裁判所は、まず産業医の注意義務として、産業医は、大局的な見地から労働衛生管理を行う統括管理に尽きるものではなく、メンタルヘルスケア、職場復帰の支援、健康相談などを通じて、個別の労働者の健康管理を行うことをも職務としており、産業医になるための学科研修・実習にも、独立の科目としてメンタルヘルスが掲げられていることに照らせば、産業医には、メンタルヘルスにつき一通りの医学的知識を有することが合理的に期待されるとし、続けて、自律神経失調症という診断名自体、特定の疾患を指すものではないが、一般に、うつ病や、ストレスによる適応障害などとの関連性は容易に想起できるのであるから、自律神経失調症の患者に面談する産業医としては、安易な激励や、圧迫的な言動、患者を突き放して自助努力を促すような言動により、患者の病状が悪化する危険性が高いことを知り、そのような言動を避けることが合理的に期待されるものと認められる、としたうえで、被告は、産業医として合理的に期待される一般的知見を踏まえて、面談相手である原告の病状の概略を把握し、面談においてその病状を悪化させるような言動を差し控えるべき注意義務を負っていたところ、被告はこの注意義務に違反したとして、被告に対し、休業損害として30万円、慰謝料として30万円の支払いを命じました。
 本件は、休職中の従業員が復職可能か否かを判断するに際して産業医に面談させたが、当該面談が不法行為に該当するとして産業医に対して損害賠償が命じられた極めて珍しい判決です。一般に、病気休職中の従業員を復職させる場合に、主治医の判断のみならず産業医の判断をも求める会社が一般的であると考えられますが、本件はその産業医の面談の方法が誤っていたとされたものです。また、本件においては、判決文を読む限り、被告は産業医のみとされています。もし本件で原告の勤務する会社も被告として訴えられていたとすれば、会社も損害賠償責任を負うことになったのでしょうか。
 本件はレアケースであると思われますが、考えさせられる事案です。

以 上