法律コラム

過労死賠償,労災給付金の行方~遅延損害金?それとも元本?~

2015年3月15日木曜日
                       琉球法律事務所 弁護士 竹 下 勇 夫

 

 今日(201535日)の朝刊各紙に一斉に掲載されていた,昨日言い渡された最高裁大法廷判決について話したいと思います。

 事案は,会社の従業員の遺族が,当該従業員が死亡したのは,長時間の時間外労働等による心理的負荷の蓄積によって精神障害を発症し,正常な判断能力を欠く状態で飲酒をしたためであると主張して,当該従業員を雇用していた会社に対し,不法行為又は債務不履行に基づき,損害賠償を求めたものであり,遺族らは,労働者災害補償保険法(労災保険法)に基づく遺族補償年金の支給を受け,又は支給を受けることが確定している場合において,遺族補償年金についての損益相殺的な調整につき,(1) 遺族補償年金は,これによるてん補の対象となる損害と同性質であり,かつ,相互補完性を有する関係にある当該従業員の死亡による逸失利益の元本との間で損益相殺的な調整をすべきであり,同元本に対する遅延損害金を遺族補償年金によるてん補の対象とするのは相当ではない, (2) 遺族補償年金は,制度の予定するところと異なってその支給が著しく遅滞するなどの特段の事情のない限り,そのてん補の対象となる損害が不法行為の時に,てん補されたものとして損益相殺的な調整をすることが相当である,とした高等裁判所の判断が正当か否かについて争われたものです。

例えば,A2014131日に労災事故にあって,その使用者に安全配慮義務違反等の過失があってその損害額が1000万円であったとします。そして,労災事故発生から1年後である2015131日に400万円の労災保険が支払われたとします。この場合に,Aが使用者に請求することのできる損害賠償額はいくらになるのか,どのような計算をするのか,つまり労災保険金400万円をどのように充当するのかという問題なのです。

理論的には,三つの考え方があるのではないかと思います。

【1】は,損害金の元本に対する事故日から労災保険支払日までの遅延損害金に充当し,残額があればこれを元本に充当して,残元本及びこれに対する労災保険支払いの日の翌日以降の遅延損害金を請求する方法であり,上記の事例では,事故日から労災保険の支払までに1年かかっていますから,この日までの1000万円に対する年5パーセントの割合による遅延損害金50万円に充当し,残額350万円を元本に充当しますから元本は650万円となり,残元本650万円及びこれに対する労災保険支払いの翌日である201521日からの遅延損害金を請求することになります。

【2】は,損害金の元本に充当し,残元本及びこれに対する労災保険金支払の日の翌日からの遅延損害金と,充当前の元本全額に対する事故日から労災保険支払日までの遅延損害金とを請求する方法であり,上記の事例では,400万円を1000万円の元本に充当し,残元本600万円及びこれに対する201521日からの遅延損害金と,1000万円に対する事故日から労災保険支払日までの1年間の遅延損害金50万円を合わせて請求する方法です。

【3】は,まず損害金の元本に充当し,残元本及びこれに対する事故日以降の遅延損害金を請求する方法であり,上記の事例では400万円をまず1000万円の元本に充当し,残元本600万円及び600万円に対する事故日である2014131日以降の遅延損害金を請求する方法です。

【1】【2】【3】の順で額が減っていきますから,【1】がもっとも被害者に有利であり,【3】がもっとも被害者に不利であるといえます。

このような場合における充当の方法につき,これまで最高裁の判決は【1】の方法によるものと【3】の方法によるものとに分かれていました。【1】の方法によるものとしたのが最高裁第2小法廷平成161220日判決であり,【3】の方法によったものが最高裁第1小法廷平成22913日と最高裁第2小法廷平成221015日の二つの判決でした。このように同じ最高裁の中でも判断が分かれていたことから,平成2734日,最高裁は15人の裁判官で構成する大法廷において最高裁の判断を統一すべく,【3】の方法によるものであるとの判断を示したのが本判決です。

 【
1】の方法による場合と【3】の方法による場合は,どのような点において考え方が違うのでしょうか。民法4911項は,弁済額が債務の全部を消滅するのに足りない場合は,費用,利息(遅延損害金も同様と考えられます),元本の順に充当しなければならないとしています。そこで,労災保険金の給付を債務者の弁済と同一視することができるのであれば,民法の定めに従うことになるので【1】の考え方になるのではないかと思います。

一方で,労災保険をはじめとする各種社会保険給付は,それぞれの法が定める目的のために支給されるものであり,損害賠償の支払とは制度の趣旨,目的を異にするものであり,債務者の支払と同一視することは相当でなく,ただこのような給付があった時に損害額から控除するのは公平の見地から損益相殺的な調整を図るため,すなわち被害者に二重の利得があったとされることを防ぐ趣旨であるとの考え方によれば,必ずしも?による方法による必要はなく,当事者の公平の観点から処理すべきとの考え方になるのではないかと思います。

34日の大法廷判決はこのような観点から【3】の方法が相当であるとしています。判決は次のように述べています。

被害者が不法行為によって死亡した場合において,その損害賠償請求権を取得した相続人が遺族補償年金の支給を受け,又は支給を受けることが確定したときは,損害賠償額を算定するに当たり,上記の遺族補償年金につき,そのてん補の対象となる被扶養利益の喪失による損害と同性質であり,かつ,相互補完性を有する逸失利益等の消極損害の元本との間で,損益相殺的な調整を行うべきものと解するのが相当である。

少し分かりにくいかもしれませんが,遺族補償年金は,被害者の収入に依拠していた遺族の生活を保障する目的を有する点で,被害者の逸失利益,つまり死亡していなかったら将来働いて得ることができたはずの収入,を填補対象としていると考えられますから,このように被害者の損害の中でも遺族補償年金と同じ性質をもつ損害に限って,その元本からの控除を認めるとするものです。したがって,遺族補償年金と同性質とは認められない損害,例えば慰謝料や遅延損害金などはこれを控除することはできないとするものです。

遅延損害金が遺族補償年金と同性質とは認められないことについて,本件最高裁判決は次のように述べています。

損害の元本に対する遅延損害金に係る債権は,飽くまでも債務者の履行遅滞を理由とする損害賠償債権であるから,遅延損害金を債務者に支払わせることとしている目的は,遺族補償年金の目的とは明らかに異なるものであって,遺族補償年金による填補の対象となる損害が,遅延損害金と同性質であるということも,相互補完性があるということもできない。

 したがって,この最高裁の判断によれば,まず【1】の考えは採らないということになります。そこで【2】と【3】のどちらの考えを採るのかということになります。

現在の最高裁の不法行為による損害賠償に係る判例理論では,事故日に全損害が発生し,それにつき直ちに遅延損害金が発生していると考えることになっていますから,上記事例においては事故日である2014131日に1000万円の損害が発生し,労災保険金が給付される1年間にすでに年5パーセントの遅延損害金が発生しているので,2015131日に労災保険金が給付されたとしても,その1年間に既に発生している50万円の遅延損害金の支払いは免れず,それとともに残元本600万円に対する労災給付金支給日の翌日である201521日から遅延損害金が発生するということになり,【2】の考え方になるように思えます。

しかし本件最高裁判決は?の考え方を採らず【3】の考え方を採りました。なぜでしょうか。本件最高裁判決は次のように述べています。

被害者が不法行為によって死亡した場合において,その損害賠償請求権を取得した相続人が遺族補償年金の支給を受け,又は支給を受けることが確定したときは,制度の予定するところと異なってその支給が著しく遅滞するなどの特段の事情のない限り,そのてん補の対象となる損害は不法行為の時にてん補されたものと法的に評価して損益相殺的な調整をすることが公平の見地からみて相当であるというべきである。

これは,上記の事例で言うならば,1000万円のうち,労災保険金として給付された400万円を元本に充当して残元本600万円になったときに,いわばその充当の効力があたかも事故日に生じたとして,遅延損害金の計算としては600万円についてのみ事故日から年5パーセントの遅延損害金を付せばよいということであうから,【3】の考えを採ることを明確にしたものといえます。

その理由について,本件最高裁判決は次のように述べています。

遺族補償年金は,労働者の死亡による遺族の被扶養利益の喪失のてん補を目的とする保険給付であり,その目的に従い,法令に基づき,定められた額が定められた時 期に定期的に支給されるものとされているが(労災保険法93項,16条の31項参照),これは,遺族の被扶養利益の喪失が現実化する都度ないし現実化するのに対応して,その支給を行うことを制度上予定しているものと解されるのであって,制度の趣旨に沿った支給がされる限り,その支給分については当該遺族に被扶養利益の喪失が生じなかったとみることが相当である。

要するに逸失利益と同一の性質を持つ遺族補償年金について,それが制度の趣旨に沿った支給がなされている限り,本来被害者が自らの収入で遺族を扶養しているのと同一の効果が生じているので,この部分については本来的に損害が生じていないものとして,遺族補償年金の支払時期いかんにかかわらず,その控除分については遅延損害金の発生を認めないとするものです。

この点の検討については,後日に帰したいと思います。

以 上