残業代請求されているが正しく払っているつもりだがどう反論すればいいのか?

法律コラム

残業代請求されているが正しく払っているつもりだがどう反論すればいいのか?

2022年9月5日

弁護士 寺口 飛鳥 

 毎日多くのご相談をいただいております。弊所の場合、企業から労働問題についての相談を受けることが多いのですが、昨今多いのは残業代請求された、というご相談です。残業代は一般的な認識と法律上のルールに乖離があることが多く、これにより「支払っているつもりだったのに支払ったと認められなかった。」となるケースが散見されます。

以下、よくある問題についていくつか取り上げ、どのように反論していくかについて考察してみました。

 

1 固定残業代

(1)明確区分性

固定残業代が認められるには、使用者と同労者との間で固定残業代に関する合意があることを前提として、当該固定残業代性が明確区分性の要件を満たす必要があるとするのが裁判所の考え方です。

明確区分性とは、「労働者に支給している賃金について、①通常の労働時間の賃金に当たる部分と②割増賃金に当たる部分とを判別することができること」をいいます。

 要するに、●●は所定労働時間(17時間や8時間とされている時間)に対する賃金で、〇〇は月●時間の時間外労働に対する賃金だよ、と労働者側からもはっきりとわかるように制度設計されていることが必要だということです。

 したがって、基本給28万円(残業代含む)といった程度の記載だと無効となる可能性が高いです。

 また、当然ですが、従業員が上記の固定残業代性について適切に理解していることが重要であり、単に就業規則に記載しているだけでは無効とされることもあります。私の経験上では、就業規則に基本給、管理職手当(残業代含む)、職務手当(残業代含む)、精皆勤手当(残業代含む)、と記載されており、給与明細においてもそれぞれ項目が分けて記載されていたというケースで、就業規則の周知性が否定されたわけではないにもかかわらず、上記3つの手当は全て固定残業代ではないとの判決が出され、会社側全面敗訴となりました(私は労働者側の代理人として訴訟活動をしました。)。

 以上踏まえると、反論をするには、①就業規則、賃金規定、賃金台帳、給与明細等を提出し、基本給その他の手当と固定残業代に該当する手当が明確に区別されることを主張し、②当該固定残業代が月何時間分の残業代であるのかを指摘し、③合わせて就業規則の周知方法や、固定残業代について説明し同意を得ていたことがわかる同意書などがあれば提出する、といった対応が必要となります。

もちろん、これらは紛争になった後に整えることは不可能ですので、紛争化する前の時点で弁護士、社労士を交えて社内の規程を整備することが不可欠です。

(2)高所得労働者、年俸制労働者

 労働者が高所得であること、および年俸制であることをもって固定残業代の合意があったと主張することがありますが裁判所はこの主張を受け入れることは基本的にありません。したがって、「この労働者は年収1500万円も支払っているのだから、当然残業代もこの中に含まれている。」という理屈は通りません。

 医療法人社団康心会事件(最高裁平成29年7月7日)では、年収1700万円で雇用していた医師に関して、病院側は「所得の中に残業代が含まれていた。」との主張を展開いたしましたが、最高裁は、(1)記載の「明確区分性」の要件を満たすか否かで判断すべきとして高裁に差し戻し、結局高裁において、明確区分性を欠くと指摘されて病院側が敗訴しました。

 残業代は基礎賃金に25%等の割合を乗じていくため、高額所得者になればなるほど支払う残業代は高くなりますので、しっかりと制度設計しなければ大きな痛手をこうむることとなりますので注意です。

 この場合の使用者側の反論としては基本的に(1)と同じような主張をしていくことになります。

(3)公序良俗違反

 給与明細や雇用契約書、賃金規定などにおいて基本給とは別に固定残業手当の性質を有する手当を支給し、区別できるようにしていれば安心というわけではありません。

そのように整備していたとしても、制度設計があまりにも常識の範囲を超えている場合は固定残業代の主張が認められないケースがあります。

この点で有名な裁判例が東京高判平成30104日(労判1190号)です。この事件は月給23万円とし、このうち88000円は月80時間の時間外労働に対する手当の性質を有する(固定残業代である)と会社が主張し争った事件の控訴審判決です。この判決では、80時間もの長時間労働を日常的に行わせることを予定していることは公序良俗違反であるとし、固定残業代としては無効であると判断されました。月80時間の時間外労働というのは、脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準において、脳・心臓疾患を発症させる可能性が高いと評価されているほどの長時間労働です。そのような労働者の健康状態を無視した長時間労働を是認することはできないという裁判所の意向が見て取れます。

また、判決文を見る限り80時間を超えなければOKというものではありません。負荷が身体的精神的に高い業務であれば60時間でも無効とされることはありうると思われます。

このような事例で反論をせざるを得なくなった場合は、仕事の負担の軽さを主張したり、所定労働時間が短いため月の総労働時間はフルタイムに比べて相当に短いことを主張するといったことが考えられます。ただ、あまり有効な反論ができる可能性は高くはないと思われます。

2 歩合給

 主に運送会社のドライバーさんに多いのがこの歩合給の問題です。

 まず誤解してはいけないのは、歩合給として支給した部分について残業代が生じないというわけではないことです。歩合給であっても残業があった場合はこれに応じた残業代を支払わなければなりません。但し、歩合給ではない場合とは計算式が少し異なります。

 歩合給の定義については色々あるところですが、「労働者の製造した物の量、価格や売上げ等に一定比率を乗じて額が定まる賃金制度」(菅野和夫「労働法」)と言われており、一定の成果に正比例して支払う賃金であること、が重要な要素であると言われています。

 これが何を意味するかというと単に歩合給と定めていればどのような計算による支払いを行っても歩合給として処理されるとは限らないことです。

 たとえば、丸一運輸事件(東京地判平成18年1月27日)では、会社は「業績給与」が歩合給であると主張しましたが、制度設計上いくら頑張っても歩合が発生しない仕組みになっており、そのような実態を踏まえ、歩合給ではなく基本給であるとされました。歩合給が基本給であると判断され計算されると予想外に高額な残業代の支払いを求められる(300万円~400万円を一括で支払わされることもザラにあります。)ため、この点も実態と制度設計に問題がないかを常にチェックする必要があります。

 以上を踏まえ、使用者側としては、月ごとの歩合給の計算式を就業規則や賃金規定等で立証し、また成果(売上であることが多い。)を請求書や領収書等により立証し、時間外労働時間と照らし合わせて整合性を主張することが必要です。

3 付加金

 例えば、500万円の残業代の未払いが裁判で認められた場合、追加で500万円の支払いを求められる場合があり、この場合の追加500万円が付加金と呼ばれるものです。

 単純に支払額が倍になるため企業からすれば脅威です。この付加金は、労働者が請求してくることにより検討されるものですが、労働者に弁護士が付いた場合はまず間違いなく付加金の請求もなされます。そして、1審判決に至れば6割の確率で付加金の支払いが命じられるとの統計もあります。

 付加金を裁判所が命じる基準は明確ではありませんが、訴訟において適切なタイミングで適切な証拠を提示して反論し、適宜和解の提案に対応する等、誠実な対応を行った場合は付加金まで命じることは少ないように感じます。

 したがって、使用者としてはなるべく早い段階で意味のある証拠を提出して反論し、適切な反論が出来なさそうな場合は、訴訟の早い段階で和解に持ち込むことも検討すべきです。

また、第1審判決で付加金を命じる判決が出てしまった場合は、すぐに控訴し、控訴審の第1回期日までに1審で認容された残業代の金額を弁済することで付加金の支払いを免れることも可能ですので、最悪こういった方法も検討する必要があります。

 4 結語

 以上のように残業代請求については、イメージと法律上の結論にずれがある部分であり、かつ場合によっては数百万円、数千万円の支払いを強制される恐れもある問題であり、しかも、請求書が届いた後、そこからできることは非常に限られてしまいます。

他方でこちらは事前に就業規則、賃金規定、給与明細、賃金台帳などを整備すれば避けられる問題が多いので、是非顧問先の弁護士に相談されることをお勧めします。特にこれまで消滅時効が2年だったのが3年に延長され、かつ今後は5年まで延長される見込みですのでくれぐれも後回しにしないように規則を整備しましょう。