法律コラム

労働法における自由意思(4)

 

 

 

2018年9月1日(土)

労働法における自由意思(4)

弁護士法人琉球法律事務所
弁護士 竹 下 勇 夫

 これまでのお話の中から、労働契約における使用者と労働者の意思の合致というものが、普通の民事契約の合意の方法とは少し違うということが何となくお分かりいただけたことと思います。
 どのような場合に当事者間の合意内容が有効に成立するかという問題に関して、民法の通常の意思表示の解釈と異なる方法を用いることには問題があるかもしれません。一方で、労働契約は、圧倒的に使用者が大きな力を持っていますし、持っている情報力にも圧倒的な差があります。そのような点を考慮して、裁判所が後見的に通常の解釈よりも労働者に有利な解釈を行うことは非難すべきことではないのかもしれません。もともと労働法規の多くがそのようなことを前提に作られているのですから。そういう意味で山梨県民信組事件の最高裁判決は支持できると思います。
 それでは、前回紹介した広島中央保健生協事件はどうでしょうか。この最高裁判決の評価についてはかなり難しいのではないかと思います。この判決において最も理解が難しい点は、男女雇用機会均等法9条3項違反の行為は違法であり無効であるとしながら、「当該労働者につき自由な意思に基づいて降格を承諾したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとき、又は事業主において当該労働者につき降格の措置を執ることなく軽易業務への転換をさせることに円滑な業務運営や人員の適正配置の確保などの業務上の必要性から支障がある場合であって、その業務上の必要性の内容や程度及び上記の有利又は不利な影響の内容や程度に照らして、上記措置につき同項の趣旨及び目的に実質的に反しないものと認められる特段の事情が存在するときは、同項の禁止する取扱いに当たらないものと解するのが相当である。」としていることです。本来、強行法規に違反する行為は当事者間がいかに合意しても無効であるはずです。にもかかわらずこの判決は、労働者の自由な意思に基づく降格の合意があれば、たとえ降格処分が男女雇用機会均等法に反する不利益処分であったとしても有効となると解する余地を残しています。というか、自由な意思により合意があれば有効と判断しているようにしか思えません。この点は、強行法規違反の合意は無効とするこれまでの理解とは異なった理解に立っているのでしょうか。それともこの点を合理的に説明する方法があるのでしょうか。前回述べたシンガー・ソーイング・メシーン事件の最高裁判決においても、強行法規といわれている労基法の賃金全額払の原則に形式的には反するような退職金放棄の効力を、それが労働者の自由な意思に基づくものであれば有効としています。
最高裁は、労働者の自由な意思によるものであれば強行法規に反する合意も有効と判断しているのでしょうか。だんだん分からなくなってきましたが、次回はこの点について検討してみます。

(次回へつづく)

 

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